アラビアンナイト演出ノート6 隣のファンタジー

2017.01.17 Tuesday

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    倉迫です。

    いよいよ明日から吉祥寺シアターに入ります。

    僕にとっては初の吉祥寺シアターでの公演です。

     

    さて、アラビアンナイトは現代的なジャンル分けでいうと、

    ファンタジー小説集と言えると思います。

    アラビアンナイトのファンタジー要素は主に二つ。

    一つは「魔法」、もう一つは「ジン」の存在です。

    ジンとは、精霊や魔物といった「超自然」の存在を指します。

     

     

     

    例えば、アラジンの魔法ランプに封じられている存在は、

    翻訳によって「ランプの精(または精霊)」だったり、

    「ランプの魔人(または魔神)」だったりしますが、

    要するには「ランプの中の超自然的存在」です。

    ディズニー映画の『アラジン』のランプの精の名前が

    ジーニーなのはジンの単数男性形のジンニーから来ています。

     

    ただ、魔神というのは誤訳と言われることもあるようです。

    イスラム教の世界で神はアッラーのみ。

    他の存在に神という文字はつかないと言うのですね。

     

    でも、ジンはイスラム教が成立する前からアラブ世界にいて、

    人々から崇拝されていた存在と言われています。

    ジンとは原始的な多神教の神々の名残りではないかと推測されます。

    それがイスラム教成立後に、人々の間になじみのあったジンを

    イスラム教も無視することはできず、

    人間と同じくアッラーが作った存在と秩序づけました。

     

    では、人間とジンはどちらが上なのでしょうか。

    一般にジンは人間より優れた存在ですが、

    ソロモン王には勝てないとされています。

     

     

    なぜソロモン王には勝てないのか、

    それはソロモン王が「知恵」の象徴だからです。

    二つ上の絵のジンもソロモン王に封じられていたジンです。

     

    つまり、ジン(精霊や魔物)は人間の知恵によって御することができる存在であり、

    人間がコミュニケーションを取ることができる存在なんです。

    ジンと人間の知恵比べ、会話による丁々発止はアラビアンナイト名物の一つです。

     

    なので、僕から見ると、ジンは日本の妖怪に近い存在のように感じます。

    それも「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくるような、

    人間とコミュニケーションすることができる妖怪たち。

    ジンは人間の住む世界をちょっと広げる存在なんだなと思います。

    ハリーポッターの魔法の世界のように、

    目に見えない何かを人間の想像力が可視化した存在。

    人間の住む世界と地続きの世界に棲む住人たち。

     

    人間の世界の隣にある「ファンタジー」の世界。

    古来より、なぜ人間はファンタジーの物語を求めるのか。

    それは人間の世界と拮抗する世界が目には見えないが在ることによって、

    この宇宙のバランスは取れているという感覚を人間が持っているからではないかと、

    僕は推測します。

     

    実は僕は子どもの頃、ファンタジーが苦手でした。
    それよりも人間の心理や社会の現実に興味があったからです。
    だから小説もそういう小説を好んで読んでいました。
    しかし、大人になるにつれ、ファンタジーを求めるようになっていきました。
    ファンタジーは「今、自分が生きている世界とつながっているが

    普段は見えない世界が姿を現す」という現象だと僕は考えています。
    そういう世界があることを無意識のうちに望んでいるのかもしれません。

    なので、大人にこそファンタジーは必要だと僕は思っています。

     

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    2017.05.10 Wednesday

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